大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)64号 判決

原告 多田昌一

被告 大阪刑務所長 法務大臣

訴訟代理人 高須要子 友次英樹 他三名

主文

一  原告の被告大阪刑務所長に対する請求のうち、作業賞与金計算高中五〇〇円を減削した処分および原告の累進処遇階級を二級から三級に低下した処分の無効確認を求める請求をいずれも棄却し、その余の訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告法務大臣に対する訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(第一次請求の趣旨)

1 被告大阪刑務所長が原告に対し、昭和四八年九月二二日付でなした作業賞与金計算高中五〇〇円を減削した処分および原告の累進処遇階級を二級から三級に低下した処分ならびに同年一〇月一七日付でなした原告の同年九月分の作業賞与金基本月額中四二円八三銭を減削した処分をいずれも取消す。

2 被告法務大臣が原告に対し、昭和四九年一二月一八日付でなした原告の情願を却下する旨の裁決を取消す。

3 被告大阪刑務所長が原告ら独居拘禁者に対し、昭和五三年五月二五日付でなした昼食・昼休み休憩時間を二〇分に短縮した処分を取消す、またはこれが無効であることを確認する。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

(第二次請求の趣旨)

1 第一次請求の趣旨1の各処分および同2の情願却下裁決が無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

(第三次請求の趣旨)

1 被告大阪刑務所長が原告の累進処遇階級を三級から二級に復級させることを不許可にした処分のすべてを取消す、またはこれがいずれも無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告大阪刑務所長の負担とする。

(第四次請求の趣旨)

1 被告大阪刑務所長は原告の累進処遇階級を即時三級から二級に復級させよ。

2 被告大阪刑務所長は、昼食・昼休み休憩時間を従来どおり四〇分(正午より午後一二時四〇分)とせよ。

3 訴訟費用は被告大阪刑務所長の負担とする。

二  被告大阪刑務所長

1  本案前の申立

原告の被告大阪刑務所長に対する本訴請求のうち、作業賞与金計算高中五〇〇円を減削した処分の無効確認を求める訴えを除くその余の訴えをいずれも却下する。

2  本案の申立

(一) 原告の被告大阪刑務所長に対する本訴請求のうち、第一次および第二次請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告法務大臣

1  本案前の申立

主文二および三と同旨

2  本案の申立

(一) 原告の被告法務大臣に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

(第一次請求原因)

1 原告は、大阪刑務所に受刑者として服役している者であるが、被告大阪刑務所長(以下被告所長という。)は、原告に対し、原告が軽屏禁一五日の懲罰(以下本件軽屏禁懲罰という。)を受罰中、昭和四八年九月一五日午後二時五分ころ、正座時間であるにも拘らず、受刑者生活心得に違反して目を開け、足を乱したとして、(一)同月二二日付で原告の作業賞与金計算高中五〇〇円を減削する懲罰処分(以下本件(一)の処分という。)をなし、これに付随して、(二)同日付で行刑累進処遇令(以下処遇令という。)による累進処遇階級(以下階級という。)を二級から三級に低下する処分(以下本件(二)の処分という。)および(三)同年一〇月一七日付で原告の同年九月分の作業賞与金基本月額中四二円八三銭を減削する処分(以下本件(三)の処分という。)をなした(以下あわせて本件各処分ともいう。)。

2 しかしながら、本件各処分はいずれも以下の理由により違憲違法であり、取消を免れない。

(一) 本件各処分自体の瑕疵

(1) 本件(一)の処分の前提となつた原告の紀律違反行為は事実無根であり、本件(一)の処分は事実誤認の違法がある。従つてこれに付随してなされたその余の処分も違法である。

(2) 本件(一)の処分は、不正な動機に基づいて行なわれ、また、事案に比し重罰であり、同衆の者に対する懲罰の例と対比しても均衡を失しているから、裁量権を濫用した違法がある。従つて、これに付随してなされたその余の処分も違法である。

また、本件(二)の処分は、処遇令七四条(但し、昭和四九年六月二八日法務省令第五二号による改正前では八五条。以下同じ。)に基づいてなされたものであるところ、同条は、重大な紀律違反があつた場合にのみ適用があるものであり、本件のように軽微な事案については適用がないというべきであるから、同処分には同条の解釈適用を誤つた違法がある。

(3) 憲法三八条の証拠法則は、本件(一)の処分の如き懲罰処分についても適用があるというべきところ、同処分の証拠収集の過程で大阪刑務所の職員は、原告が本件紀律違反行為を行なつたとして動静報告書に強引に拇印を押させ、尾田看守部長は原告のところに懲罰表を持参して、「拇印を押したあとで事実と相違ございませんと書けば必ず助かり懲罰にならん。」などと述べ、原告がこれに従つてその指示通りに記載し、拇印を押し、引き続き自分の書きたいことを書こうとすると、いきなり原告の頭を殴打し、そのすきに右懲罰表を持ち去つた。本件(一)の処分は、かかる暴行、脅迫、利益誘導、偽計、欺罔に基づく自白を本件紀律違反行為の認定の資料としたものであるから、憲法三一条の証拠法則に違反する。

また、憲法三一条の適正手続の保障は、前同様本件(一)の処分についても適用があるというべきところ、本件紀律違反行為について開かれた懲罰委員会(以下本件懲罰委員会という。)において原告は、申告にかかる事実は全くないと述べ、その弁解をなそうとしたところ、原告に付添つていた尾田看守部長は直ちに原告の退場を命じたため、原告には弁解、防禦をなす機会が与えられなかつた。かかる懲罰委員会の審理は、弁解、防禦の機会が与えられるのでなければ不利益な処分を課せられないと規定した憲法三一条に違反する。

従つて、これらに基づいてなされた本件(一)の処分は違憲であり、これに付随してなされたその余の処分も違憲である。

(4) 本件懲罰委員会は、被告所長、管理部長、作業課、庶務課等が欠席し、定足数を欠いたまま開かれ、また、これに出席する資格のない分類課副看守部長が出席して開かれたものであるから違法である。従つて、それに基づいてなされた本件(一)の処分も違法であり、これに付随してなされたその余の処分も違法である。

(二) 本件軽屏禁懲罰の瑕疵

本件軽屏禁懲罰は、以下のように違憲違法であるから、右懲罰中の行為をとらえてなした本件(一)の処分も違憲違法であり、これに付随してなされたその余の処分も違憲違法である。

(1) 本件軽屏禁懲罰の前提となつた紀律違反行為は事実無根であり、右懲罰処分には事実誤認の違法がある。

(2) 前記のとおり、懲罰処分についても憲法三一条の適正手続の保障が及ぶと解すべきであるから、懲罰の対象となる行為は予め法律によつて具体的に特定されていなければならない。しかるに、監獄法五九条は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定めるだけで、これを明らかにしていないから、憲法三一条に違反しているというべきであり、これに基づいてなされた本件軽屏禁懲罰は違憲である。

(3) 本件軽屏禁懲罰の期間中、被告所長は原告に対し、午前九時、同一〇時、同一一時、午後一時、同三時、同四時から各三〇分間ござの上に両ひざを密着させて正座することを課した。かかる軽屏禁懲罰の執行は体罰に相当し、残虐な刑罰を禁止した憲法三六条に違反する。

また、かかる執行は、監獄法六〇条二項の規定していないところであるから、被告所長は、法律の規定に拠らずかかる執行をなしたというべきであり、同項はもとより、憲法三一条にも違反する。さらに、かゝる執行は、他の刑務所では行なわれていないから、これと対比して平等原則にも違反する。

(4) 本件軽屏禁懲罰の執行にあたり、被告所長は原告に対し、前記正座のほか、戸外運動・入浴の停止、出版物の閲読禁止、ラジオの聴取禁止を課した。かかる軽屏禁の執行は、全体としてみて受罰者に著しい精神的肉体的苦痛を与えるものであり、人たるに値する生活を保障した憲法二五条、個人の尊重を規定した同法一三条、奴隷的拘束を禁止した同法一八条前段に違反し、公序良俗、慣習法にも違反する。

また、このうちの戸外運動の停止は、在監者に運動させることを義務付けた監獄法三八条、雨天の日以外戸外運動させることを義務付けた同法施行規則一〇六条、懲罰として運動を停止させる場合は五日以内と定めた同法六〇条一項八号にも違反する。

(5) 監獄法施行規則一六〇条二項、一六三条によれば、軽屏禁懲罰の執行前後には監獄医の健康診断が必要と定められているが、本件軽屏禁懲罰の執行前後にはかかる健康診断が行なわれなかつた。従つて、本件軽屏禁懲罰は、右施行規則に違反する。

3 原告は、本件(一)の処分を不服として被告法務大臣(以下被告大臣という。)に対し、監獄法七条に基づく情願をなしたところ、被告大臣は、昭和四九年一二月一八日これを却下する旨の裁決をなした(以下本件却下裁決という。)。しかしながら、審査決定機関の判断を慎重ならしめ、これが恣意に流れないようにするため、裁決書に処分内容、根拠法条、裁決理由等を明記することは法治主義の原則から要請されるものと解すべきところ、本件却下裁決書には、処分内容が特定されておらず、根拠法条、裁決理由が明記されていないから、法治主義および憲法三一条に違反し、取消を免れない。

4 被告所長は、戸外運動がある場合の原告ら独居拘禁者の昼食・昼休み休憩時間(以下昼休み時間という。)を従前の四〇分(正午から午後一二時四〇分)から二〇分(正午から午後一二時二〇分)に短縮した。しかしながら、右時間では食事を十分に咀嚼して喫食することも不可能であり、保健衛生上からも好ましくない。かかる昼休み時間の短縮は、憲法一三条、一四条、一八条前段、二五条、三一条、三六条、一一条、一二条、九九条、監獄法施行規則五八条四項、一〇二条、慣習、条理、公序良俗、人倫則、経験法則、論理則、社会通念に違反し、無効ないしは取消を免れない。

5 よつて、原告は、被告所長のなした本件各処分の取消および昼休み時間短縮の取消ないしは無効確認と、被告大臣のなした本件情願却下裁決の取消を求める。

(第二次請求原因)

1 第一次請求原因1および2(但し、「違法であり、取消を免れない」とあるを、「重大かつ明白な瑕疵があり無効である。」と改める。)と同旨

2 同3(但し、「違法であるから取消を免れない。」とあるを、「重大かつ明白な瑕疵があるから、違憲、違法である。」と改める。)と同旨

3 よつて、原告は、被告所長のなした本件各処分の無効確認と、被告大臣のなした本件情願却下裁決の無効確認を求める。

(第三次請求原因)

1 被告所長は、本件(二)の処分をなしたのち、昭和五〇年一二月一五日に最初の二級復級の考査をしたのみで、その後は全く復級の考査を行なつていない。しかしながら、処遇令二一条の二によれば、被告所長は少なくとも三か月ないし六か月ごとに受刑者の復級の考査をしなければならないものであるから、その後の三か月ないしは六か月ごとに不履行は復級不許可処分に相当する。しかして、被告所長は、他の受刑者に対しては約八か月前後で三級より二級に復級させているにも拘らず、原告に対してはそれをはるかに超えていながらこれを不許可とし、また、原告の優秀な行刑成績、良好な行状等に照らすと復級を相当とするにも拘らず、他事考慮を働かせてこれを不許可としているものである。かかる行為は、裁量権を著しく濫用しているものというべきであり、違法ないしは無効である。

2 よつて、原告は、被告所長が昭和五〇年一二月一六日以降なしたすべての復級不許可処分の取消ないしは無効確認を求める。

(第四次請求原因)

1 第三次請求原因1および2と同旨

2 第一次請求原因4と同旨

3 よつて、原告は被告所長に対し、階級を三級から二級に復級させることおよび昼休み時間を従来どおり四〇分(正午より午後一二時四〇分)とすることを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  被告所長

原告の本訴請求のうち、作業賞与金計算高中五〇〇円を削減した処分の無効確認を求める部分を除き、その余はいずれも以下の理由により不適法であり、却下を免れない。

(一) 本件各処分の取消を求める訴えについて

本件(一)および(二)の処分はいずれも昭和四八年九月二二日に、同(三)の処分は同年一〇月一五日までに、それぞれ原告に告知されているところ、原告が本件各処分の取消を求める訴えを提起したのは昭和五〇年一二月一四日であるから、右訴えは行政事件訴訟法(以下行訴法という。)一四条一項、三項の定める出訴期間を徒過していることが明らかである。

(二) 本件(二)の処分の取消ないし無効確認を求める訴えについて

処遇令二一条一項によれば、受刑者の階級の累進は、作業の勉否・成績、操行の良否、責任観念及び意思の強弱等を考査の上決定されるものであつて、懲罰それ自体によつて即時または継続して不利益な処遇上の処分がなされるわけではない。

しかも、監獄法令およびこの制度の趣旨に照らせば、その処遇の如何は、法令の範囲内で被告所長の自由裁量に委ねられているというべきであるから、たとえ懲罰を受けたからといつて、そのことだけをとらえて直ちに累進処遇上不利益を受ける原因となるということはできない。さらに、受刑者は、刑務所長に対して累進処遇上ある一定の階級につき自己を有利に取扱うよう請求しうる法律上の地位を有しないことも明らかである。従つて、原告は、右各訴えについて法律上の利益を有するものではない。

(三) 本件(三)の処分の取消ないし無効確認を求める訴えについて

作業賞与金は、労働に対する報酬としてではなく、国家の恩恵として与えられるものであり、その支給の条件、計算額、処分方法は全て行政権の範囲に委ねられているから、就労者は記帳された金額(作業賞与金計算高)を現実に支給されるまではこれについて何ら具体的権利を有するものではない。本件(三)の処分の如き基本月額の減額は、右計算高の算定過程における行為であり、原告の具体的権利義務に直接変動を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない。

(四) 本件復級不許可処分の取消ないし無効確認を求める訴えについて

階級を低下された者の原級復級は、刑務所長が当該受刑者の行刑成績を評価し、改悛の情が顕著で原級に復級させても支障がないと認められるときこれを決定するものであるから(処遇令七四条)、受刑者には原級復級を求める請求権はない。従つて、被告所長が原告を原級に復級させなかつたとしても、原告の法律上の地位ないし権利義務に何ら不利益を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない。

(五) 復級を求める訴えについて

かかる訴えは、行政庁に対して作為を求めるものであるから許されない。

(六) 昼休み時間の短縮の取消およびその延長を求める訴えについて

右各訴えは、原告が提起している懲罰処分の取消請求とは何ら関連性を有しないから、行訴法一三条、一九条の規定に照らし、請求の追加的併合として提起することは許されない。

2  被告大臣

情願は、これを規定した監獄法七条が、情願事項および情願事由を極めて抽象的かつ広範に定めていることからすると、情願者に情願事項の実現を求める具体的請求権を認めたものとは解されず、単に受刑者が監獄の処置に対し自己の希望を申し出て、主務大臣の監獄に対する監督権の職権発動を促すところの請願の一種と解すべきである。従つて、法務大臣は、情願の処理にあたつて適宜の措置を講ずれば足り、それ以上にその採否の決定を情願者に表明すべき法律上の義務があるものではない。よつて、情願に対する被告大臣の裁決は、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらず、この取消を求める本件訴えは不適法として却下を免れない。

三  被告らの本案前の主張に対する原告の反論

1  原告が出訴期間を徒過したことには次のような正当理由ないしは責に帰すべからざる事由がある。

(一) 原告は、本件各処分の告知を受けた直後、大阪刑務所の職員から行政訴訟はいつでも提起できるとの教示を受けた。かかる教示に対する信頼は保護されるべきである。

(二) 原告は、本件情願却下裁決の告知を受けたあと、大阪刑務所の職員から、作業賞与金計算高より訴訟費用を支出することは許されず、右費用は領置金よりまかなうのでなければならないとの教示を受けた。しかしながら、当時原告には領置金がなかつたから訴訟を提起することが不可能であつた。

(三) 原告は、本件各処分の告知を受けた当時、中耳炎、痔、風邪等の病を患つていたため、出訴期間内に訴訟を提起することが不可能であつた。

(四) 原告は、法律の素人であり、また受刑者という身分にあるため出訴期間を知る機会が与えられていなかつた。加えて、被告所長は、出訴期間を知り得る書籍の貸与を認めず、原告が本件情願却下裁決以前に申請していた六法全書の閲読許可申請を不許可としたため、出訴期間を知ることができなかつた。しかも、当時原告には領置金がなく、親族との音信も途絶えていたため、出訴期間について記載した私本の購入ができなかつた。

2  本件(二)の処分により原告は、作業賞与金月額使用金額が三分の一から四分の一に減少し、発信・面会の回数が週一回から月二回に減少し、私本購入・借出しの冊数が減少するなど、処遇上多くの不利益を受けることになる。かかる不利益は、行訴法三六条にいう損害にあたり、原告にはこれを予め防止するために無効確認訴訟を提起することについて法律上の利益があるものというべきである。

3  作業賞与金は、受刑者の就業に対する対価たる性質を有するものであり、従つて、その減額は受刑者の権利義務に直接影響を及ぼすものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたる。

4  復級不許可処分は、受刑者の権利義務を反復継続的に侵害するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたる。

5  国民の権利義務を保護し、十分な法的救済を与えるためには行訴法三条の無名抗告訴訟の一種として行政庁に対して作為を求める訴訟を提起することが認められるべきである。このように解したとしても、本来行政庁は法の定めるところによつてのみ行動するのであるから、司法権が行政権を侵害したことにはならない。

四  請求原因に対する被告らの認否

1  被告所長(但し、情願却下裁決に関する部分を除く)

(第一次請求原因について)

(一) 第一次請求原因1の事実は認める。但し、本件(三)の処分は、昭和四八年一〇月一五日までに原告に告知されている。

(二) 同2(一)(1)の事実は否認する。

同2(一)の(2)ないし(4)はいずれも争う。

同2(二)の(1)ないし(5)の事実のうち、被告所長が本件軽屏禁懲罰の執行にあたり、原告に対し、ござの上に三〇分間、毎日六回の正座を課したこと、右懲罰の執行中、戸外運動・入浴の停止、出版物の閲読・ラジオ聴取の禁止の各処置をとつたこと(なお、出版物の閲読禁止は、その懲罰が併科された場合にとられるものである。)は認め、その余は否認ないしは争う。

(三) 同4は争う。

(第二次請求原因について)

第一次請求原因についての認否(一)および(二)と同旨

(第三次、第四次請求原因について)

第一次請求原因についての認否(一)および(二)と同旨のほか、その余は争う。

2  被告大臣(情願却下裁決に関する部分)

(第一次、第二次請求原因について)

被告大臣が原告主張の内容の情願却下裁決をしたことは認める。

五  被告所長の主張

在監者が紀律に違反した時は懲罰に処せられ(監獄法五九条)、紀律については、刑務所長においてその施設の実情に応じて収容者が遵守しなければならない所内の規則ないし生活心得を定めることとなつているところ、大阪刑務所においては被告所長が受刑者生活心得なるものを定め、それを受刑者の入所時に告知し、かつ冊子として舎房に備え付けて周知徹底を図つている(同法施行規則一九条、二二条二項)。右受刑者生活心得には、その遵守事項四として、「静座」時間中は正座時間以外の座り方をしたり、周囲を見回す等の行為をしてはならないとされているところ、原告は、本件軽屏禁懲罰を受罰中、反省時間であるにも拘らず右の如き態度をとつたので、被告所長はこれを懲罰委員会に諮り、かつ原告の弁解を聞いたところこれを認めたので、本件(一)ないし(三)の処分をなしたものである。従つて、被告所長のなした本件各処分には何ら違法はない。

第三証拠〈省略〉

理由

(第一次請求についての判断)

一  本案前の判断

1  本件各処分の取消を求める訴えと出訴期間徒過の有無について

本件(一)および(二)の処分が、昭和四八年九月二二日に原告に告知されたことについては当事者間に争いがなく、同(三)の処分が、遅くとも同年一〇月一九日に原告に告知されたことについては原告の自陳するところである。そして、本件各処分の取消を求める訴えが昭和五〇年一二月一四日に提起されたことは本件記録上明らかである。

右認定の事実によれば、本件各処分の取消を求める訴えが行訴法一四条一項に定める出訴期間を徒過して提起されたものであることは明らかであるから、右出訴期間(同条二項により不変期間)を徒過したことについて原告に責に帰すべからざる事由があつたかどうか(行訴法七条、民訴法一五九条参照)について検討する(なお、行訴法一四条一項の適用がある場合は、同条三項の適用はなく、従つて、同項但書の適用もないと解すべきであるから、本件について右但書の「正当の理由」についての判断は要しないものというべきである。けだし、同法一四条三項は、同条一項によればなお出訴期間が徒過していない場合であつても、処分の日から一年を経過したときはもはや出訴を許さないとする趣旨と解されるからである。)。この点について原告は、右の責に帰すべからざる事由として縷々これを主張するが、このうち、大阪刑務所の職員より出訴期間について誤つた教示を受け、また病気により出訴期間を遵守することができなかつたとする点は、これを認めるに足りる証拠がなく、領置金がなかつたため出訴に要する費用がなかつたとする点は、本件情願却下裁決当時(成立に争いのない甲第一号証によれば、昭和四九年一二月三日)の事情をいうものであるところ、右時点においては既に本件各処分の取消を求める訴えの出訴期間を徒過していることが明らかである。また、出訴期間を知らず、これを知り得る手段も与えられていなかつたとする点は、結局のところ法律の不知をいうものであり、かかる事由は出訴期間を徒過したことについての責に帰すべからざる事由にはあたらないものというべきであるから、この点に関する原告の主張はいずれも理由がないものというべきである。従つて、本件各処分の取消を求める訴えは、いずれも行訴法一四条一項の出訴期間を徒過した不適法なものといわざるを得ない。

2  本件情願却下裁決の取消を求める訴えの適否について

監獄法七条がおよそ監獄の処置について不服な事由一切について情願をなし得るものと定め、これに対して法務大臣が応答ないしは改善等の処置をとるべきことを定めた法律上の規定のないことに照らすと、右はいわゆる法務大臣の指揮監督権の発動を促すところの請願の一種たるものということができる。そうすると、受刑者には情願事由の実現を求める法律上の請求権はなく、情願を却下する裁決は情願者の権利義務に何ら影響を与えるものではないといい得るから、これをもつて抗告訴訟の対象となる行政処分と解することはできない。従つて、本件情願却下裁決の取消を求める訴えは不適法といわざるを得ない。

3  昼休み時間の短縮の取消ないし無効確認を求める訴えの適否について

原告は、本件各処分の取消を求める訴えに追加して昼休み時間の短縮の取消ないし無効確認を求める訴えを昭和五三年一〇月二八日に提起したものであるところ、右各訴えは、本件各処分の取消を求める訴えと何ら関連性を有しないから、行訴法一九条一項に照らしいずれも不適法といわざるを得ない。

二  よつて、その余の点について判断するまでもなく原告の第一次請求の訴えはいずれも不適法として却下を免れない。

(第二次請求についての判断)

一  本案前の判断

1  本件(二)の処分の無効確認を求める訴えの適否について

無効確認の訴えは、行訴法三六条に規定する原告適格を有する者に限つて認められるものであるところ、右訴えは、同条前段の、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある場合その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する場合であれば、同条後段の要件を考慮するまでもなく、これを提起することができるものと解すべきである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第九四号同五一年四月二七日第三小法廷判決・民集第三〇巻第三号三八四頁参照)。そこでこれを本件訴えについてみるに、処遇令によれば、受刑者には原則として累進処遇制が採用され、一級ないし四級の差異に応じて異なつた処遇がなされることとされているところ、これをさらに本件のように二級から三級に低下された場合についてみると、原則として夜間独居および作業の転業が許されなくなり(同令三〇条、二九条、四七条、四〇条)、作業賞与金の自己使用額が三分の一以下から四分の一以下に制限され(同令四五条、四二条)、接見、信書の発送回数も週一回一通から月二回二通に制限される(同令六三条)こととなるなどの不利益な処遇がなされることになる。そうすると、階級を低下された者は、これらの不利益を予め回避するため、その無効確認訴訟を提起する法律上の利益があるものというべきである。よつて、本件(二)の処分の無効確認の訴えは適法であり、この点に関する被告所長の主張は、前記説示に照らして失当というべきである。

2  本件(三)の処分の無効確認を求める訴えの適否について

作業賞与金は、作業収入が国庫に帰属することとされる(監獄法二七条一項)例外として、行状、作業の成績等を考慮して支給されるものであるから(同条三項)、受刑者はこれが現実に支給されるまでは、これを所有しまたは請求する権利を有するものではない。もつとも、作業賞与金は、作業の科程の了否を定めたときに計算すべきものとされ(同法施行規則六九条)、または就業者には毎月一五日までに前月分の計算高を告知すべきものとも定められているから(同規則七四条)、少なくともこれらの手続を経て計算高が確定したときは、受刑者は、右計算高の支給を将来受け得るという期待権を有するに至るものということができる。従つて、それ以降において、これを減額し、あるいは不支給とすることは、右の期待権を侵害することにほかならない(作業賞与金計算高の一部または全部の減削の懲罰処分がこれにあたる。)。しかしながら、成立に争いのない乙第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第六、第七号証によると、本件において被告所長は、原告が本件(一)の処分を受けるような行状不良の事実があつたため、昭和四八年九月分の作業賞与金基本月額一四二円(作業賞与金基本月額に月間就業時間を乗じたもの。)よりその三割を減額することとしたものであること(作業賞与金計算規程〔昭和三〇年六月二七日法務大臣訓令矯正甲第八一〇号〕七条三項、同規程施行細則一二条)が認められ、右認定の事実によれば、本件減額が作業賞与金計算高の算定過程における減額であることが明らかであるから、これが右期待権を侵害したということもできない。そうすると、本件(三)の処分は、原告の権利義務に何ら影響を及ぼすものではないから、これをもつて抗告訴訟の対象となる行政処分と解することはできない。よつて、本件(三)の処分の無効確認を求める訴えは不適法として却下を免れない。

3  本件情願却下裁決の無効確認を求める訴えの適否について

情願却下裁決が抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないことについては既に第一次請求についての判断一の2において説示したとおりである。よつて、本件情願却下裁決の無効確認を求める訴えも不適法として却下を免れない。

二  本案についての判断

そこで以下本件(一)および(二)の処分についてその違法性の存否を検討する。

1  まず、原告は、本件(一)および(二)の処分には内容上および手続上重大かつ明白な瑕疵があり無効であると主張するので、以下原告の主張に沿つて順次検討する。

(一) 本件(一)の処分の前提となつた紀律違反行為が事実誤認であるとの主張について

原告の署名および同名下の拇印がいずれも原告によるものであることについては当事者間に争いがなく、その余の部分については証人尾田美己の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、拇印が原告によるものであることについては当事者間に争いがなく、その余の部分については同人の証言により真正に成立したものと認められる同号証の三、同人の証言により真正に成立したものと認められる同第三号証および成立に争いのない同第五号証ならびに同人の証言によれば、大阪刑務所における受刑者生活心得には、「静座」の項において、「静座の号令で正座し、軽く目をとじ、雑念を払つてきよう一日の無事を喜び家郷の肉親を思い、今までの自分の生活を反省し、明日への正しい出発に備える時間としなさい。」とあり、また、「静座時間中の心得」として、「静座時間中、きよろきよろ周囲を見回したり、ふざけた行ないをしてはならない。」とあることが認められるところ、原告は本件軽屏禁懲罰の執行中、昭和四八年九月一五日午後二時正座の号令がかけられたため、右心得に従つて正座をなすべきにも拘らず、同二時五分ごろ、目をあけ、足をくずすなどこれに違反する行為をとり、これを松尾看守に現認されたことが認められ、右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。そうすると、原告が前記心得に違反する行為を行なつたことは明らかであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二) 本件(一)の処分が裁量権を濫用し、同(二)の処分が法令の解釈適用を誤つた違法があるとの主張について

まず、本件(一)の処分が裁量権を濫用した違法があるかどうかについて検討するに、原告主張のように、受刑者の紀律違反行為に対して、これを懲罰に処するかどうか、あるいは懲罰に処するとしていかなる懲罰を選択するかについては監獄法は何ら具体的基準を設けていないから、右判断は刑務所長の裁量に委ねられているものというべきである。ところで右裁量は、懲罰が監獄の秩序を維持することを目的とするものであることに照らすと、当該紀律違反行為の動機、態様、結果等はもとより、当該受刑者の日ごろの生活態度、行刑成績、これが他の受刑者に与える影響等諸般の事情を考慮して決すべき性質のものということができるが、右裁量といえども全く無制約なものではなく、それが社会通念上著しく妥当を欠き、これを濫用したものと認められるときは違法となるというべきである。そこで、これを本件についてみるに、原告の本件紀律違反行為自体はその態様に照らすとさほど違法視すべきものともいえないが、他面、それが受罰謹慎中になされたものであり、また、正座の号令がかけられて間もなく行なわれたものであることなどに照らすと、未だ軽視できないものがあり、これらの点を考慮すると、本件(一)の処分が裁量権の範囲を逸脱し、濫用したとまでは認め難い。なお原告は、本件(一)の処分が不正な動機に基づいてなされ、また同衆の懲罰例に比し重きに失すると主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、この点に関する原告の主張は理由がない。

次に、本件(二)の処分が法令の解釈適用を誤つてなされたかどうかについて検討するに、原告は、右処分の根拠法令である処遇令七四条は重大な紀律違反行為があつた場合についてのみ適用され、本件紀律違反行為の如き軽微なものについてはその適用がない旨主張するものであるが、同条の文言からしてもそのように限定して解釈すべき理由はない。むしろ同条が階級低下をなす場合として、「特ニ其ノ階級ノ秩序ヲ紊ス虞アル」場合とするに止まり、その具体的基準を明らかにしていないことからすると、右判断を刑務所長の裁量に委ねたものと解される。従つて、それが裁量権を逸脱ないしは濫用して行なわれたと認められない限り違法の問題が生ずるものではない。本件において原告はかかる裁量権の逸脱ないしは濫用について何ら具体的主張立証をしていないから、結局のところ本件(二)の処分は適法といわなければならない。

(三) 本件(一)の処分が憲法三八条、三一条に違反するとの主張について

前掲各証拠(但し、乙第五号証を除く。)によれば、被告所長は原告の本件紀律違反行為についてこれを懲罰委員会に諮り、原告の弁解を聞いた上、乙第一号証の三の動静報告書を証拠として、本件(一)の処分をなしたことが認められる。この点について原告は、右動静報告書および乙第一号証の一の懲罰表作成過程において大阪刑務所の職員から暴行、脅迫、利益誘導等を受けたと主張するが、これらの事実を認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて前掲尾田美己の証言によれば、原告は当初から本件紀律違反行為の事実を認め、これを否認する等の態度はとらなかつたことが認められる。また、原告は、本件懲罰委員会においてすぐに退場を命ぜられ、弁解をなす機会が与えられなかつた旨主張するが、かかる事実を認めるに足る的確な証拠もない。従つて、本件(一)の処分が憲法三八条、三一条に違反するとの原告の主張はいずれもその前提を欠くものといわなければならない。

(四) 本件懲罰委員会が違法な構成によるものであるとの主張について

懲罰を科す手続として現行法令は、監獄法施行規則一五八条および一五九条において懲罰事犯取調中の者の独居拘禁と懲罰の言渡に関する規定を置くに止まり、特に懲罰委員会なるものを設置し、予めそこにおいて懲罰事犯に関する審議をなすことを要求していない。従つて、行政庁内部においてかかる懲罰委員会を設置することとし、その定足数、資格要件等を定めていたとしても、その点に関する瑕疵は行政庁内部の規則に違反したというに止まり、違法の問題が生ずるわけではない。よつて、この点に関する原告の主張も失当である。

以上みてきたところによれば、本件(一)および(二)の処分には何ら重大かつ明白な瑕疵はない。

2  次に、原告は、本件軽屏禁懲罰は違憲違法で無効であるから、右懲罰中の行為をとらえてなした本件各処分もまた無効である旨主張するので、以下原告の主張に沿つて順次検討する。

(一) 本件軽屏禁懲罰の前提となつた紀律違反行為が事実誤認であるとの主張について

証人尾田美己の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証および同人の証言によれば、原告は、昭和四八年八月一七日午後四時五分ごろ、第四十五工場校正場前通路において、同工場写植兼衛生夫である田中将人に対し、「今日の配食は誰がやつたか。誰がおかずを配つたか。」とか、「おかずを食べてから腹が痛くなつた。なんか入れとるのやないか。」などと詰問し、同人および配食当番の三名に対し因縁をつけるような言辞を弄したこと、このためこれが田中将人の申告により懲罰事犯として取り上げられ、同月二四日軽屏禁一五日、文書図画閲読禁止併科、その間作業をさせない旨の懲罰の言渡がなされたことが認められ、右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。従つて、本件軽屏禁懲罰の前提となつた紀律違反行為が事実誤認であるとの原告の主張は理由がない。

(二) 監獄法五九条が憲法三一条に違反するとの主張について

監獄法五九条が、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定めて、懲罰の対象となる行為を具体的に明らかにしていないことは原告の主張するとおりである。もとより懲罰は受刑者に対して不利益な制裁を科すものであるから、予めその対象となる行為を法律において定めておくことは人権保障の見地から望ましいことはいうまでもない。しかしながら懲罰は、本来刑務所における秩序維持を目的とした行政上の秩序罰であるから、刑罰とはその本質を異にし、厳格な罪刑法定主義の適用があるわけではない。従つて、懲罰の対象となる行為をいかなる範囲で法定化すべきかは立法政策に委ねられた事項というべきであつて、現行の監獄法五九条をもつて直ちに違憲と断ずることはできない。

(三) 本件軽屏禁懲罰執行中、被告所長が原告に対し正座を課したことが憲法三六条、三一条、監獄法六〇条二項および平等原則に違反するとの主張について

前掲乙第五号証、証人尾田美己の証言によつて真正に成立したものと認められる同第一〇号証、証人尾田美己の証言および原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、被告所長は原告に対し、本件軽屏禁懲罰の期間中、基本姿勢として就寝時間以外は安座姿勢(あぐらをかいた姿勢)をとらせたほか、特に反省時間と称して、午前九時、同一〇時、同一一時および午後一時、同二時、同三時より各三〇分間正座を課したこと、正座に際しては座ぶとん等の使用は許さず、ござの上にこれを行なわせ、その姿勢については、両手を正しくひざの上に置き、目をとじて行なうよう指示したことが認められ、証人松村定男の証言および原告本人の供述中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで懲罰は、紀律に違反した者に対して不利益な制裁を科すことによつて刑務所の秩序を維持しようとするものであるから、これが一般受刑者よりもある程度の精神的肉体的苦痛を与えるものであつてもやむを得ないところである。しかしながら、もとよりそれは、懲罰の目的に照らし、必要かつ合理的な範囲でのみ許されるものであり、不必要な苦痛を与えることを内容とし、人道上残酷と認められるようなものであつてはならないことは、憲法三六条からしても当然である。そして、このことは、軽屏禁懲罰の執行方法についても等しく妥当するものというべきであり、それが必要以上に苦痛を課し、人道上の見地からみても残酷と認められるような場合は違憲となるというべきである。これを本件正座についてみると、なるほど正座は多少なりとも苦痛を伴うものであり、またこれを行なう時間と場所によつては著しい苦痛を与えるものであることは経験則上明らかであるが、軽屏禁懲罰が受罰者を罰房に独居拘禁させ、ひたすら反省自戒の毎日を送らせることを目的とするものであることに照らすと、これを実効あらしめるため、前記認定程度の正座を課し、反省を促すこととしたとしても、未だこれをもつて不必要な苦痛を課したものとまでは認められず、もとより人道上残酷なものともいえない。

また、懲罰が受刑者に科せられる不利益な制裁であり、監獄法六〇条一項が懲罰の種類を限定していることに照らすと、懲罰権を有する刑務所長は、懲罰の目的に則つて厳正にこれを行なうべき職責を有するものというべきであり、それを超えてことさらにこれを加重する趣旨で(但し、監獄法六〇条三項の併科の手続によることは可能である。)受罰者に精神的肉体的苦痛を与えることは許されないというべきである。しかしながら、前記認定の事実によれば、被告所長が原告に課した正座は、専ら反省を促す趣旨でなされたものであり、これに伴う苦痛の程度に鑑みても、未だ軽屏禁懲罰の目的を逸脱したものとまでは認められない。従つて、これをもつて監獄法六〇条二項に違反したものということはできないし、もとより憲法三一条に違反したものということはできない。そして、このように刑務所長が具体的懲罰の執行にあたり、法の趣旨に反しない限度で、当該刑務所の実情に即した効果的な運用を図ることは、同所長の裁量に委ねられているものというべきであるから、他の刑務所において本件の如き正座を課すことが行なわれていないとしても、そのことの故をもつて本件軽屏禁懲罰の執行方法が平等原則に違反したことになるものではない。

(四) 本件軽屏禁懲罰の執行が、全体として憲法二五条、一三条、一八条前段、公序良俗および慣習法に違反するとの主張について

本件軽屏禁懲罰の執行にあたり、被告所長が文書図画閲読禁止の懲罰を併科し、一日六回、一回あたり三〇分間の正座を課したことはいずれも前記認定のとおりであり、またこれとあわせて、ラジオの聴取を禁止し、戸外運動・入浴を停止したことは当事者間に争いがない。

ところで、前記説示のように、懲罰の執行方法といえどもそれが不必要な精神的肉体的苦痛を与えることを内容とし、かつ人道上残酷と認められるものであるときは憲法三六条に違反するものというべきであるが、それに至らない限度であれば、もとより懲罰は受刑者にある程度の苦痛を与えることによつて刑務所の秩序を維持しようとするものであるから、やむを得ない制限として、憲法の容認するところということができる。

これを本件についてみるに、被告所長が原告に課した正座が、未だ右限度を超えたものとは認め難いことについては既に説示したとおりである。また、文書図画の閲読およびラジオの聴取を禁止し、戸外運動・入浴を停止することは、軽屏禁懲罰が受罰者を罰房に隔離、拘禁し、ひたすら自戒反省の毎日を送らせることを目的とすることに照らすと、かかる制限を課すことは右目的を遂行する上で必要かつやむを得ないものということができる。もつとも、このうち、戸外運動・入浴の停止については、これが人の健康に密接に係わるものであるだけに一概にこれが許されると解すべきではないが、これが停止される期間および監獄法施行規則によれば、屏禁に処せられた者については監獄医をして診断せしめ、その健康に害がないと認められたときでなければこれを執行してはならないとされ(一六〇条二項)、その執行中についても監獄医をして時々健康診断をすべきものとされていること(一六一条)、そして執行終了後についても速やかに右健康診断をなすべきことが義務付けられていること(一六三条)、前掲乙第一〇号証および証人尾田美己の証言によれば、大阪刑務所では入浴に代えて週一回温湯で身体をふかせる措置をとらせていることなどに照らすと、これが直ちに受罰者の健康を著しく損うものとまでは認め難い。そして、本件軽屏禁懲罰の執行全体によつてもたらされる苦痛の程度を勘案しても、未だこれが社会通念上残虐性を帯びたものとまでは認められない。従つて本件軽屏禁懲罰の執行を全体としてみても、これが憲法二五条、一三条、一八条前段に違反しているものということはできない。また、もとより公序良俗に違反しているものということもできない(なお原告は慣習法にも違反すると主張するが、その内容が明らかでないうえ、本件軽屏禁懲罰の執行方法を禁止する慣習法があるものとは認められない。)。

また、右に述べたように、軽屏禁懲罰にあたり戸外運動を停止させることは右懲罰の目的からして必要かつやむを得ないものというべきであるから、これが監獄法三八条、六〇条一項八号、同法施行規則一〇六条に違反するものということはできない。

(五) 本件軽屏禁懲罰の執行前後に原告に対し監獄医による健康診断をしなかつた違法があるとの主張について

前掲乙第九号証によれば、被告所長は本件軽屏禁懲罰の執行前後に医師による健康診断を行なわせたことが推認されるところ、右推認を覆すに足りる的確な証拠はない。従つて、この点に関する原告の主張は前提を欠くものといわなければならない。

以上みてきたところによれば、本件軽屏禁懲罰の執行には何ら重大かつ明白な瑕疵はない。

3  よつて、本件(一)および(二)の処分の無効確認を求める原告の請求はいずれも理由がない。

(第三次請求についての判断)

一  本案前の判断

処遇令七四条は、「階級ヲ低下セラレタル者特ニ改悛ノ状ヲ顕ハシタルトキハ原階級ニ復セシムルコトヲ得」と定めているから、階級を低下された者を原級に復級させるかどうかは刑務所長の裁量に委ねられていることが明らかである。そして、受刑者が刑務所長に対して原級に復級させることを求め得るとした法令上の規定はないから(もつとも、受刑者は、監獄法七条の情願によつてこれを法務大臣に願い出ることはできるが、それが請願の一種たるに過ぎないものであることについては、既に説示したとおりである。)、本件において被告所長が原告を原級にとどまらせたとしても、これを原告の主張するように復級不許可処分というかは別として、それ自体原告の法律上の権利義務に何ら変動を及ぼすものではない。従つて、これをもつて抗告訴訟の対象となる行政処分と解することはできない。

二  よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の第三次請求の訴え(取消ないしは無効確認の訴え)はいずれも不適法として却下を免れない。

(第四次請求についての判断)

一  本案前の判断

1  復級を求める訴えの適否について

本件訴えは、被告所長に対して作為を求めるいわゆる義務付け訴訟にほかならないが、かかる訴訟が無名抗告訴訟として許されるためには、少なくとも行政庁の作為義務が一義的に裁量の余地がないほど明白であることが必要というべきである。けだし、そう解さなければ、裁判所が行政庁の上に立つて一般的に監督する権限を持つことになり、かかることは三権分立の建前から許されないことであるからである。ところで、階級を低下された者を復級させるかどうかは被告所長の裁量に委ねられているものと解すべきことについては前記説示のとおりであるから、この点において既に本件訴えは右の要件を充していないことは明らかである。従つて、本件訴えは不適法といわざるを得ない。

2  昼休み時間の延長を求める訴えの適否について

本件訴えが不適法であることは、第一次請求についての判断の3と同一である。

二  よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の第四次請求の訴えはいずれも不適法として却下を免れない。

(結論)

以上の次第で、原告の被告所長に対する請求のうち、作業賞与金計算高中五〇〇円を減削した処分および階級を低下した処分の無効確認を求める請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、その余の訴えおよび被告大臣に対する訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 井深泰夫 近藤壽邦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例